【中部編】平敷屋青年会のエイサー

今日はお盆のウークイ(お送り)。
平敷屋のエイサーを紹介してもらいました。

O.
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うるま市にある与勝半島のエイサー。

それこそ沖縄の代表とも言えると私は思う。

昔からの伝統を守った独特な踊り。

見る人の心を打ち、時を忘れさせる。

各青年会ごとに自分達のスタイルとプライドを強く持ち、沖縄のエイサー界で最もそれが強調されている地域だ。

数ある有名な青年会の中、平敷屋青年会に目を向けてみた。

平敷屋青年会は西(イリ)、東(アガリ)に分かれて活動している。

平敷屋のエイサーは200年以上の歴史があると言われるが、今から100年以上前の明治37(1904)年、当時の青年会会長らが沖縄一と言われていた名護市世富慶地区のエイサーを研究し、それを参考に踊ったのが現在のかたちの始まりだそうだ(http://www.dydo-matsuri.com/archive/2011/eisa/)。
念仏踊りとも言われる。

踊る際には大太鼓はいない。

一見地味だ。

テーク(小太鼓)、ナカワチ(チョンダラー)、ジーヌー(手踊り)、酒持ち、旗持ち、三線での演技となる。

最初に踊るナカワチ「頭(かしら)」とも言われる、二人組の登場から、テーク、パーランクーと続いて入場する。

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平敷屋エイサーの特徴でもある太鼓の横打ちスタイルである。

踊る際は常に中腰。

どこでも裸足だ。

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足の運び方、変換隊列などすべてが見事に調和している。

集団の演舞の美しさから、伝統の重みを感じさせられる。

西の踊りはしなやかで女性のような踊りをする。

東は男性っぽく力強く踊るスタイルだ。

衣装も異なり、良き永遠のライバルだ。

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練習でも自分たちの特色を踊らなければ、OB達から東と西とでの踊りは一緒ではないのだと強く指摘される程だという。

練習場は東が地元の平敷屋小学校体育館、西が平敷屋漁港の隣の浦ヶ浜公園という場所で行っている。

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この浦ヶ浜公園でウークイの後日、「平敷屋エイサーの夕べ」という祭りを開き、それを終えると、この地でエイサー活動としては幕を閉じる。

エイサー活動が終わると東、西と互いに称えあいながら本来の平敷屋の若者となる。

若者と言うのはそれぞれ年齢制限が設けられているからだ。

三線は25歳以下、ジーヌーは23歳以下と現時点ではなっている。

平敷屋エイサーの一番のイベントがウークイ(お盆の最終日)の日、毎年地元平敷屋にある神谷神社(拝所)で行われる。

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そこでは東、西共に一時間程、演技を行い、そのあと、ナカワチ(チョンダラー)だけで余興を行う。

その踊りは一見の価値あり。

毎年テレビ局など沖縄だけでなく、全国からメディアが訪れる。

平敷屋は、エイサーという地元の伝統を守り抜く事に非常に力を入れている地域なのだ。

 

文、写真:島袋